さて新型コロナウイルスのワクチンのお知らせばかりが続いたので久しぶりに専門のお話です。
バセドウ病の薬物治療、アイソトープのお話をしてきたので今度は手術についてです。
主なポイントはこちら。
- 甲状腺全摘術・甲状腺亜全摘術を行います。再発を防ぐためなるべく全摘します。
- 入院は通常一週間程度です。ドレーン(血を抜く管)が抜けたら退院可能です。
- 術後は合成甲状腺ホルモン剤であるチラーヂンSを内服(補充)します。
- チラーヂンSの補充は原則として一生続きます。体の中にもともとあるものなので副作用を考慮する必要はありません。
- 退院後は特に生活に制限はありません。
- 数%の症例で術後に副甲状腺機能低下がずっと続いて活性型ビタミンD製剤を一生飲んでいただく必要があることがあります。
- 吸収される糸で手術の傷は縫われるので抜糸は必要ありません。1-2年で傷はかなり目立たなくなります。ケロイド体質の人は盛り上がったりかゆくなることがあるのでステロイドの貼り薬で対応することもあります。
日本、あるいはヨーロッパではバセドウ病の治療の主体は内服治療です。はじめの8週間(2ヶ月)が無事に乗り越えられれば年単位で安全に内服できますし症状は改善して日常生活に支障はなくなるというのは以前の記事で書いた通りです。
しかし残念ながらおよそ半数近くの方は自己抗体(バセドウ病の体質)が消えることなく抗甲状腺薬を中止できず長期間の内服を必要とすることや症状の再燃によって甲状腺中毒症(動悸、息切れ、倦怠感、体重減少など)でしんどい思いをされる方も時にみられます。
早期に妊娠を希望される方、あるいは出産後に再発を繰り返す方など内服治療が難しいケース、アイソトープ治療を希望されなかった場合などに手術療法が選択されます。
メリットとデメリットについてまとめると以下のようになります。
メリット | デメリット | |
手術 | 短期間の入院で治る
妊活にすぐ入れる |
術後出血、反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症
傷跡がある程度残る |
アイソトープ | 入院が必要ない
手術による傷は残らない |
半年間の避妊が必要
甲状腺眼症(眼球突出)が稀に悪化する |
手術の詳細については外科の専門医の説明をしっかり聞いていただくのが大事であり内科医としてはそれほど詳しくは書けませんがごく簡単にまとめます。
- 手術時間が通常は2時間程度、全身麻酔で行います。
- 首の付け根からおよそ指二本分ぐらい上のところで皮膚のシワに沿って10 cm程度の皮膚切開を行います。
- 甲状腺の表面を覆うようにある筋肉を真ん中で切り開き避けてから甲状腺の動静脈をそれぞれ結紮、止血して甲状腺を全て取り除きます(甲状腺全摘術)。
- その際に甲状腺の背後にある反回神経という声帯に入って行く神経を傷つけないように注意する必要があります。
- しっかり止血されたことを確認して左右に避けておいた筋肉を縫い合わせます。首のシワに沿った皮膚切開の傷は吸収される糸で縫合(埋没縫合)します。また、甲状腺を取り除いた後に滲み出る出血や浸出液が溜まらないようにドレーンという管を通常2本入れます。
- このドレーンは鎖骨を乗り越えて前胸部の皮下に小さな穴を開けて外に出され陰圧になるバッグに繋がれます。
- 通常はこれで手術は終了します。
- 甲状腺というのは非常に血流が豊富な臓器である為、十分に止血を確認してから傷を閉じても後から出血してくることがあります。
- その際には再度手術をしてしっかり止血し直す場合があります。その為、状況に応じて一晩集中治療室(ICU)で経過を確認することもあるようです。この辺りは実際に手術をすることになったら担当医によくお話を聞いてみてください。
さて、内科の専門家としてはこの手術をする前後での全身の管理が重要となってきます。
まず何よりも甲状腺機能がある程度落ちついていないと全身麻酔に身体が耐えられない為に抗甲状腺薬や無機ヨードといった薬で可能な範囲で十分に甲状腺機能を低下させます。抗甲状腺薬の副作用の為に手術となった場合に短期間の入院、あるいはアイソトープ治療を先行させてからの手術などの方法まで考えることもあります。
無機ヨードのことは今回初めて触れると思います。
甲状腺ホルモンの材料としてヨードが重要であることは以前の記事でも触れたことと思います。ただし、何故か多量のヨードを摂取すると甲状腺ホルモンの産生が抑制されることが知られています(Wolff-Chaikoff effect:ウォルフ・チャイコフ効果)。この効果は早くて数週間から数ヶ月で切れてくる(エスケープ現象)為、バセドウ病の内服治療の中心にはならず抗甲状腺薬の補助的な役割に止まっています。
ただし十分量の無機ヨードを投与することにより甲状腺の血流を抑えて手術中の出血量を少なくすることができると言われており手術前には原則として1ヶ月程度ヨード剤を内服していただきます。こうすることで甲状腺ホルモンを十分に抑制することと出血を減らすことを狙います。
また、副腎皮質ステロイドには甲状腺ホルモンの作用を減弱させる(T4からT3の変換を抑制する)ので一時的に併用することもあります。
その他、稀ですが炭酸リチウム(リーマス®️)や陰イオン交換樹脂(クエストラン®️)なども用いることがあります。(ほぼ使ったことはありませんが、、、)
さて、バセドウ病の手術は甲状腺全摘術をするのが最近は一般的と思います(止むを得ず一部残すこともあります)。
というのが少量でも甲状腺組織を残しておくと数年単位で再び腫大して甲状腺ホルモンを多量に作るようになりバセドウ病の再発として再治療が必要になることがあるからです。その為、全摘した上で補充療法を行います(replacement)。通常はチラーヂンS 100 μg程度で安定することが多いです。
甲状腺の裏側には通常上下左右に計4つ副甲状腺という血液の中のカルシウム量を調整する組織があります(これについてはまたいずれ改めて記事を書く予定です)
通常は副甲状腺まで取ることはせず温存するのですが、大きさが4-5 mm大の米粒程度のものの為確認は難しいこともあります。
また、甲状腺の表面の血管から血流を得ている為、温存したとしても一時的に副甲状腺機能低下をきたすことが多いです。
その為、手術後は血中のカルシウム濃度の低下が起こり手の痺れ、つっぱりといったテタニー症状をきたすことがよくみられます。
なので手術翌日で内服が可能になり次第、甲状腺ホルモン剤に加えて活性型ビタミンD製剤(アルファロール ®️など)の内服や乳酸カルシウムを必要とすることがあります。
ほんの数%で副甲状腺の機能が回復せずビタミン剤を一生補充する必要が出てくる方もおられますが適切に管理すればそれほど健康や寿命に悪影響は無いのでこれについても気に病みすぎる必要は無いでしょう。
わたくしの経験ではおおよそ手術して翌々日ぐらいにはまだドレーンが繋がっているものの点滴も終わりご飯も食べられるようになって病室にお伺いしても売店やラウンジに行かれていてお会いできないという印象もあるぐらい回復は早いです。
反回神経という声帯を支配する神経の損傷は極めて稀です。全身麻酔をするため気管にチューブを入れるためか喉の違和感を訴えられる方も多いですが比較的短期間によくなることも多いのであまり怖がる必要はないでしょう。
手術して4日目ぐらいにはドレーンを通じて出てくる廃液(出血など)も減ってきてドレーンが抜去できることが多いです。低カルシウムなどが落ちついていれば外科の先生から退院の許可が出ます。
退院後は生活の制限はほぼ全く一切ないと思っていただいて結構です。アイソトープ治療と違ってすぐに妊活にも進めます。
敢えていうなら甲状腺全摘後というのは体重管理的にはリバウンドがものすごくしやすい時期なので食事制限をしっかりと、そして軽度でも良いので運動を推奨しています。様々なことを我慢してようやく退院となると嬉しくなって美味しいものをたくさん食べたくなるかもしれませんがなるべく気をつけていただけるとその後が全然違ってきますので可能な限り頑張っていただきたいところですね。
傷跡は大抵の人は多少盛り上がって少し赤くなる程度で数ヶ月から一年ぐらいで徐々に平らになって目立たなくなっていきます。
ケロイド体質などで赤みやかゆみ、痛みがある場合にはステロイドの貼り薬などで対応することもあります。日焼けすると色素沈着になりやすいので気をつけていただけると幸いです。およそ2年ぐらいすれば間近で見ない限りよくわからないぐらいには見た目は目立たなくなります。
特に甲状腺がとても大きかった方などは首がすっきりした、ネックレスがつけられるようになったとかデコルテを出す服を着られるとか意外と見た目の面でもやってよかったという声もありますのでご参考までに。
内科医としては手術の最大の魅力はスピード感ですね。なかなか内服治療で改善せず薬も減らなくて症状に困られている方、早めに治してしまって妊娠したい方、薬の副作用で命に関わる方などのケースで外科の先生とうまく連携して手術して術後も安定してくると地元の開業医の先生(今はわたくしも町医者ですが)での管理ができるようになり患者様の満足度も高いように思います。
当院でも抗甲状腺薬での治療を行い、その人それぞれの状況に応じて最善の選択肢を選択できるよう一緒に考えていければと考えております。治療選択に悩まれる方、将来について不安な方などお気軽に相談いただければ幸いです。
副院長 当真貴志雄